skoharaの日記

日々のいろいろ

仰木彬氏、死去

http://www.nikkansports.com/ns/baseball/f-bb-tp0-051215-0045.html
びっくりしました。今年まで現役監督であの弱かったオリックスプレーオフが狙える位置まで押し上げ、やっぱり仰木マジックはすごいな、と思っていましたが・・。

仰木さんといえば1987年に近鉄が最下位に沈んで翌年の監督になったとき、突然近鉄を強くしたので驚きました。吉井、阿波野、そしてブライアントの活躍で1988年はもつれにもつれたパリーグペナントレース。西武との最後の直接対決を終えた後、両チームにはまだまだ多数の試合が残っており、まさにマッチレースに。負けない両チーム。特にロッテはその年最下位で近鉄には滅法弱く、近鉄はロッテに勝ち続けていました。そして運命の10/19。ロッテ相手のダブルヘッダーで2連勝すれば近鉄優勝。

残念ながら熊本には当時テレビ朝日系がありませんでした(翌年出来たのです・・)。高校生の私はその伝説の試合をラジオで聞いていたのです。当時、私は熱烈な西武ファンでしたので、ダブルヘッダー1試合目に近鉄が梨田のタイムリーなどで奇跡の勝利を収めたときにはがっくりきました。が、エース阿波野のリリーフ投入には敵ながらしびれました。

2試合目、1試合目の勢いで近鉄が勝つだろう、と思っていました。しかし、試合はもつれ、そして・・。まさかの引き分け。表の近鉄の攻撃が終わったとき、優勝は西武に決定しました。しかし試合は終わっていません。その裏1イニングだけの消化試合。この日は野球界の伝説になったのです。

この年、そして翌年の西武、近鉄オリックスによる三つどもえのペナントレース。こういうしびれるペナントレースが見たい、その思いで私はプロ野球を見続けましたが、プレーオフ制度の導入によって「しびれるペナントレース」は無くなりました。そして仰木さんの死去。伝説が去った、という感じがします。あなたは本当にすごい監督だった・・。